京極夏彦シリーズ、コミカライズ版について

投稿日:

京極夏彦シリーズ、コミカライズ版について

今から25年前、京極夏彦さんの「姑獲鳥の夏」を初めて読んだ時はとても衝撃を受けました。「こんな小説、読んだことがない!」

妖怪+探偵もの、というざっくりした認識で読み出したのですが、山ほど出てくる知識と言葉の大海のなか、昭和初期の雑多で妖しい薫りにあふれ、古書や呪い、神道、そして妖怪たちの姿が無作為(のように見える)に立ち並び、しかもその全てが最後の大団円に向かって集約していく様に鳥肌がたち、決して薄いとは当時は言えないボリュームの作品を、何度も何度も読み返しました。

出てくるキャラクターも個性強すぎな面々で、また彼らがどんなとんでもない事件に巻き込まれて、それを解決していくのか、を楽しみに新作がでるのを待ったものです。

それから十数年たって、あまり小説を読むことも少なくなってきた時に、魍魎の匣がコミカライズされていることを知りました。最初は小説のコミカライズというとあまりポジティブに(しかもあの、小説だから感じる禍々しさ満載の魍魎の匣の)受けとめられなかったですが、小説の雰囲気を丁寧に描かれていて、小説ではないコミックならではの魍魎の匣になっているのがスゴい!と思いました。

魍魎の匣も小説が大好きで、いつも持ち歩いていて、なにそれ辞書?と言われたこともありました。そのボリュームも、コミック版で5巻に収まっているところも、量としてもちょうどいいと思いました。そして、いつの間にかこのコミック版も、発売を楽しみにするようになりました。シリーズの順番は原作とは違い、シリーズ最初の姑獲鳥の夏が、結構後になって発売されたのも、満を侍してという感じですね。

正直なところ、「絡新婦の理」は少し消化不良な感じがしましたが、その次に出た「鉄鼠の檻」は原作の窒息しそうな閉塞感も感じることができて楽しめました。あと、次は「陰摩羅鬼の傷」なのかな、という感じですが、しばらく間があいているみたいですね。

-

Copyright© htaka's Blog , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.